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丁稚奉公@NYの思い出

丁稚奉公@NYの思い出
「誰かの後追いではない、今まで見たことのないものを」という自身の哲学やアイデンティティをそのまま詰め込んだ「yoshiokubo」。これが誕生するまでの久保嘉男の足跡を辿ってみよう。(企画・取材・文 松下弥郎氏)

米・フィラデルフィアの学校を出た1999年から2007年まで、ニューヨークで活躍するオートクチュールのデザイナー、ロバート・デンスのアトリエで仕事をしていました。在米中の2011年にはアメリカ同時多発テロを経験しましたし、生地屋からの帰りのタクシーから出た瞬間に女優・メグ・ライアンにぶつかったり(笑)と、色んな経験をしたものです。

ニューヨークに出るきっかけになったのは、フィラデルフィアの学校で開催されたショーにロバートの知り合いが来ていたことから。「紹介できる」と聞き、ポートフォリオを持って車で会いに行ったところ、「来週から来てくれ」とのオファーが! で、1ヶ月ぐらいは土曜日だけ通い、その後、ニューヨークに引っ越して働き始めました。

アシスタント・デザイナーと言うから、その名の通り、彼のデザインのサポートをすると思っていたのですが、甘かったですね。実際は、ただの雑用係。できないグレーディング*を「できる」と嘘をついてやってはみたんですが、彼の服はめちゃくちゃ複雑過ぎて、そんな素人には出来るはずもないんです。のちには出来るようにはなったんですが、結局、当初は朝から晩まで裁断ばっかりで、たまに外に出る時は百貨店に納品に行ったり、生地屋に生地を取りに行くとか“スーパー雑用係”。まさに丁稚(でっち)でした。

一度、ワシントンD.C.の顧客に期日の決まった納品があって、送る準備だけをして運送会社に渡すのをうっかり忘れ、アムトラック(鉄道)で直接届けに行ったことがありました。自分のミスではあるのですが、バイヤーに感動されたこともあって、「納品ひとつとっても大切な仕事やな」と感じました。

デザインという意味では、クリスマスカードなど販促で使う紙のグラフィックの作業を少しずつやらせてもらってました。一度、めっちゃウケたこともあるんですよ。

ピンクの紙が余っていたのでロバートが、「ヨシオ、これでなんか出来るか」と聞いてきたんで、「Merry Christmas」と書いたカードを真ん中でギザギザに切り分け、1週間ほどずらして片方ずつ顧客に送ったんです。最初のカードを受け取った顧客は「?」ですが、1週間後に意味が分かる、というもんです。純粋な洋服のデザインに関われないなか、“はけ口”ではありましたが楽しかったですね。



アトリエには10人ほど縫い子さんがいたんですが、彼女たちのケアも僕の仕事。韓国人やロシア人、ルーマニア人など彼女たちの国籍はバラバラでした。縫製って気分が大事で、いい気分でやると仕事も早いし上手く縫えるもんです。ムードが悪いと逆の結果になる。

アトリエに流れる音楽はだいたい社長のセレクトですが、ずっと同じものを聞かされると縫い子さんも飽きてくる。嫌いな音楽であれば効率も悪くなるんです。だからと言って、ロシアの音楽を流すと韓国人は楽しくないし、逆も然りとかなかなか難しい。気分良く縫わせるのも僕の大事な仕事でした。ムードメイカーではないですが、盛り上げるのも大切な仕事だったんです。

思い返すと、ニューヨークの丁稚時代にとにかく色んなことをやらせてもらったのは、今の会社経営やブランドの運営に役立っているなって。会社のムード作りや納期を守る大切さとか。

朝の9時から夜の10時ぐらいまで毎日働いていましたが、最後の方はドレスのグレーディングなんかも任されるようになり、その時は顧客のサイズを見ただけでだいたい出来るようになっていました。働き蜂のような生活でしたが、もちろんオフの時間もありました。次回は仕事以外のプライベートな時間、ニューヨークで何をしていたのかについて記します。

*グレーディング:元になる寸法の型紙をベースに、サイズ違いの型紙を作ること。どのサイズの服もちゃんと「同じ服」にするためには、元となる寸法の型紙と寸分違わぬものにしなければならない。