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久保嘉男に影響を与えた3人

久保嘉男に影響を与えた3人
デザイナーやクリエーターと呼ばれる人間とて、全くの0から1を生むわけではない。幼少の頃から多感な10代、自らのキャリアを意識し始めた時まで、たくさんの人やモノ、事柄から影響を受けている。その影響はデザイナーの作風にまで及び、時に力になり、時には重荷にもなることもある。「yoshiokubo」のデザイナー、久保嘉男に影響を及ぼした人物とは一体どんな人たちなのだろうか。(企画・取材・文 松下弥郎氏)

まず名前が挙がったのが意外にも日本人だ。しかも久保とは異なる職種の人間。中島らも(1952年〜2004年、享年52歳)。

若い人は知らないかもしれないが、広告代理店の社員コピーライターから社会人のキャリアをスタートさせ、劇団(笑殺軍団リリパットアーミー)を主宰し、作家、俳優、ミュージシャンとしても活躍した奇才だ。一方で、大量飲酒による疾患や違法ドラッグの保持による逮捕など波瀾万丈の人生を送った。

高校生ぐらいの頃か、久保はテレビに出る中島らもを観たことはあったが、「変わった人やな」ぐらいしか印象はなかったという。が、信頼できる友人がリリパットアーミーの舞台を観て「面白い!」と激賞していたこともあって興味を持ち、中島の書籍『今夜すべてのバーで(講談社文庫)』を借りて読んでみた。自らの体験を元にしたアルコール中毒の治療体験小説と言われている作品だ。

その中の一節、「記憶は曖昧なんですが、『蝿(はえ)の目には世の中は逆さまに見えていて、それで飛んでいる』みたいなフレーズがあって。すごい印象に残ってたんです」。それから中島の作品を次々と読了し、彼の作品の中のそこかしこに出てくる視点の面白さに引き込まれていった。

アメリカと日本の往復の機上で読むことが多く、「何で、こんなことを思いつくんかなって」。当時はアメリカの大学でファッションを学んでいたが、自分の服も他人にこんな風に見てもらいたい、と強く思ったそうだ。「物事を見る時には、普通とは全く違う角度から見なあかんなと」。

アル中で薬物依存もあった人間の見る世界には到底届きそうもないが、若かった久保はその視点のユニークさに感服していた。

二人目はマシュー・バーニー。アイスランドの歌姫・ビョークの長年のパートナーだった、アメリカ出身の現代美術家だ。彼の作品に出会ったのは、学校を出てから職を得たニューヨーク。師匠であるデザイナーと一緒に仕事をしていた頃だ。

マシューの事は知らなかった。たまたま通りがかかった、当時アッパーイーストサイドににあったホイットニー美術館で初めて彼の作品に触れた時、衝撃を受けた、と久保は言う。その日は丸1日を館内で過ごしマシューの世界を堪能した。「今でも死ぬほど好きですね」。

インスタレーションからムービーまで彼の表現は多様だが、「なんというか、ほんま独特ですよね、雰囲気が」と、マシューを語る時には熱がこもる。とりわけ感銘を受けるのは、久保の言葉を借りれば、“死ぬほど細部にこだわっている”ところだ。見えないところまで手を抜かないのは、久保の作風にも影響を与えたようだ。

ドイツの建築家が好んで使った「神は細部に宿る」と言うフレーズにも相通じる。見えるところばかりに気を配り細部を疎かにすると、作品の完成度は落ちるという意味だ。マシューの細部は思いつかないストーリーを発想する、とも換言できる。“線路の上を走ること”を避けたいと思っていた久保が強い影響を受けたという。

久保はメトロでの通勤の間、1日も欠かさず必ずデザインを描いた。「世の中で自分が勝てるものを見つけないとデザイナーとしては認められない」との思いがあったからだ。描いて、描いて、自分が勝てるものを探していたのだ。


(2001年、NYのアトリエにて)

久保が勝てると分かったのはディテールだ。だから、ディテールには徹底的にこだわる。ファスナーの使い方や毎回変えるポケットのサイズ感などなど、コレクションそれぞれには久保らしいディテールが潜んでいる。ブランドを立ち上げて10年以上になるが、外国人のバイヤーに「ディテールが面白いね」と言われることが多い。そんな反応に、「嬉しいですね」と返す久保の表情には、柔らかさとどこかホッとしたような開放感が見て取れる。

3人目はアメリカの黒人ボクサー、モハメド・アリ。かつてはカシアス・クレイと本名を名乗っていたが、イスラム教に改宗し名前も改めた。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」という有名な言葉を枕詞に持つ伝説的な拳闘家だ。「試合のビデオを見たり、アリを題材にした映画を見たり、アリのもんを色々集めもしました」。

ボクシングという、言わばスポーツの名を借りた“殴り合い”を生業にしていたにも関わらず、リングの内外問わず、久保はアリという存在にクリエイティブな要素を見出していた。

それは彼のボクシングスタイルであり、残した名言の数々であり、被写体としてのカッコ良さなど、全てだ。「なんか、あんな風になりたいなあってずっと思てました」。

久保のアリ好きは本物だ。次女の名前にも冠したぐらいだ。「そんな名前でいじめられたら可哀想、と方々から反対されましたが、うちのおかんだけは『ええやん。名前ぐらいで負けてたらあかん』と賛成してくれました」と久保は笑う。

中島らも、マシュー・バーニー、モハメド・アリ。
天才と馬鹿は紙一重と言うが、いずれも天才に振り切ったメンツ。ヤク中・アル中で“あっちの世界”を見たり、常人を超えたフィジカルな才能を持っていたりと、ある意味、普通に見えてしまう久保が彼らと伍するのは難しい。久保もわかっている。

「そら、そうですよ。無理、無理。彼らの存在を意識すると、たまに情けないなと思ってしまう時もあります。でも、自分は真っ当に、素面(しらふ)で人と違うことを追求していきたいんです」。3人に薫陶を受けながらも、エッセンスのみを汲み取って自分の背骨に据え、真摯に作品に向き合うのが久保らしいやり方なのである。